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HOME > CD > 千の風になって
千の風になって
カスタマーレビュー
おすすめ度:
この世を去った人からの言葉
(2007-09-07)
人が生きていく過程ではかならず大切な人の死に直面します。
でもそうしたこの世を去った人が実はすぐ近くで自分たちを見守っていて
くれる、と感じたことは何度かありました。
本当にそうなのかもしれません。
でも今までそうした人たちからの「言葉」について具体的なイメージが
わきませんでした。
しかし、この詩はそうしたこの世を去った人たちの言葉のイメージを
明確に伝えてくます。
自分が死ぬときも子供たちにこの詩を残したい、この言葉を感じてほしい、
と思います。
アレンジは大変上手だが、どこか違和感が残る。
(2007-03-21)
優れた原作を著者流にアレンジし、装丁も奇麗で印象的です。この詩に初めて触れるきっかけとしては良いかもしれません。原作は『死と生を超越する何か』を万人の心に伝える…それにはこれ以上ないという詩ですが、原作の輝きを新井満というブランドカラーに染めて、私物化してしまったことが非常に残念です。
原作者も不詳とはいえ、Mary Fryeというアメリカ女性との説が有力な事など、ウェブ上ですぐ手がかりを見つける事ができます。第2次世界大戦による母親との別離に端を発する背景も紹介されているのに、新たにアメリカインディアンを主人公とするフィクションが加えられ、彼らの名前が、それぞれレイラ(風)・ウパシ(雪)というアイヌ語だということも、無用の誤解を招きそうで不可解です。
この詩には10年以上前から邦訳本があり、世界的にも非常に印象的な場面で紹介されているのに、埋もれた詩に初めてスポットライトを当てたかのように、著者と詩の出会いについてのエピソードと新たな物語を加えた構成には、 訳者ではなく、作者というスタンスをとる作為性が感じられてしまう。
私は自分がガンにかかって、この詩には非常に救われました。病気や愛する人の死などで、死に直面した人にとっては、この詩は貴重な宝物となるので、プレゼントに良いはずですが、「千の風になって」は逆効果の怖れあり。本当にその人を思いやるなら「1000の風―あとに残された人へ」(南風 椎 訳1995年刊)のように、『詩+写真』だけのほうが、余白から読み取れるものがあり、心に沁みると思います。
ただし、ページ数の増加や色などの関係で書店での注目度は上がって、この詩を知るチャンスが拡大されるので、そういう役割の本として納得すればよいのかもしれません。この千の風シリーズでは、『千の風になって ちひろの空』は、いわさきちひろさんの絵によって、商業性も気にならず、かなり救われる気がします。詩自体は、「死と生について従来とは違った清冽な感覚が心の中に生まれる」、心に刻んでおきたい名作だと思います。
≪アニミズム≫
(2007-03-16)
原詩は、伝わる過程で、表現の仕方が変化してしまった。
だが、注目すべきは、そこではなく、≪アニミズム≫という本質であろう。
≪アニミズム≫とは、
【風】、【光】、【花】、【虫】、【大地】、【地球】
…そして、【宇宙】……これらに、魂を感じる事。
新井氏が、本書で一番伝えたかったのは、
≪アニミズム≫という、考え方だったのではないだろうか。
『十の断章』では、それを分かりやすく伝えるには、
どうしたら良いのか…特に、「ウパシとレイラ」の物語を通して
≪アニミズム≫伝えようと、苦心している姿がうかがえる。
新井氏は、自分が翻訳した、『千の風になって』だけでなく、
他の人が、どのように≪アニミズム≫伝えたのか…という、
違いを楽しんだ方が、良いとも、提唱してくれている。
千の風になった息子へ
(2007-03-09)
17年10月…17才で息子は逝ってしまいました。 それから、生きてはいましたが、今までの記憶がありません。 ただ…お墓へ行って、我が子が納められている辺りに手を置き泣いていました。 早く迎えに来るよう願ってもいました。この本を読んで、やっと生きなきゃ! 息子がいつでも見守ってくれている! と思えるようになりました。
千回読みたい
(2007-02-01)
なんて美しくて優しくて力強いメッセージ。。。
琴線に触れるというのはこういう事なんでしょうね。
CDで聞くのもいいけれど
文字で読むとまた違った感動があります。
おすすめ度:
この世を去った人からの言葉
人が生きていく過程ではかならず大切な人の死に直面します。
でもそうしたこの世を去った人が実はすぐ近くで自分たちを見守っていて
くれる、と感じたことは何度かありました。
本当にそうなのかもしれません。
でも今までそうした人たちからの「言葉」について具体的なイメージが
わきませんでした。
しかし、この詩はそうしたこの世を去った人たちの言葉のイメージを
明確に伝えてくます。
自分が死ぬときも子供たちにこの詩を残したい、この言葉を感じてほしい、
と思います。
アレンジは大変上手だが、どこか違和感が残る。
優れた原作を著者流にアレンジし、装丁も奇麗で印象的です。この詩に初めて触れるきっかけとしては良いかもしれません。原作は『死と生を超越する何か』を万人の心に伝える…それにはこれ以上ないという詩ですが、原作の輝きを新井満というブランドカラーに染めて、私物化してしまったことが非常に残念です。
原作者も不詳とはいえ、Mary Fryeというアメリカ女性との説が有力な事など、ウェブ上ですぐ手がかりを見つける事ができます。第2次世界大戦による母親との別離に端を発する背景も紹介されているのに、新たにアメリカインディアンを主人公とするフィクションが加えられ、彼らの名前が、それぞれレイラ(風)・ウパシ(雪)というアイヌ語だということも、無用の誤解を招きそうで不可解です。
この詩には10年以上前から邦訳本があり、世界的にも非常に印象的な場面で紹介されているのに、埋もれた詩に初めてスポットライトを当てたかのように、著者と詩の出会いについてのエピソードと新たな物語を加えた構成には、 訳者ではなく、作者というスタンスをとる作為性が感じられてしまう。
私は自分がガンにかかって、この詩には非常に救われました。病気や愛する人の死などで、死に直面した人にとっては、この詩は貴重な宝物となるので、プレゼントに良いはずですが、「千の風になって」は逆効果の怖れあり。本当にその人を思いやるなら「1000の風―あとに残された人へ」(南風 椎 訳1995年刊)のように、『詩+写真』だけのほうが、余白から読み取れるものがあり、心に沁みると思います。
ただし、ページ数の増加や色などの関係で書店での注目度は上がって、この詩を知るチャンスが拡大されるので、そういう役割の本として納得すればよいのかもしれません。この千の風シリーズでは、『千の風になって ちひろの空』は、いわさきちひろさんの絵によって、商業性も気にならず、かなり救われる気がします。詩自体は、「死と生について従来とは違った清冽な感覚が心の中に生まれる」、心に刻んでおきたい名作だと思います。
≪アニミズム≫
原詩は、伝わる過程で、表現の仕方が変化してしまった。
だが、注目すべきは、そこではなく、≪アニミズム≫という本質であろう。
≪アニミズム≫とは、
【風】、【光】、【花】、【虫】、【大地】、【地球】
…そして、【宇宙】……これらに、魂を感じる事。
新井氏が、本書で一番伝えたかったのは、
≪アニミズム≫という、考え方だったのではないだろうか。
『十の断章』では、それを分かりやすく伝えるには、
どうしたら良いのか…特に、「ウパシとレイラ」の物語を通して
≪アニミズム≫伝えようと、苦心している姿がうかがえる。
新井氏は、自分が翻訳した、『千の風になって』だけでなく、
他の人が、どのように≪アニミズム≫伝えたのか…という、
違いを楽しんだ方が、良いとも、提唱してくれている。
千の風になった息子へ
17年10月…17才で息子は逝ってしまいました。 それから、生きてはいましたが、今までの記憶がありません。 ただ…お墓へ行って、我が子が納められている辺りに手を置き泣いていました。 早く迎えに来るよう願ってもいました。この本を読んで、やっと生きなきゃ! 息子がいつでも見守ってくれている! と思えるようになりました。
千回読みたい
なんて美しくて優しくて力強いメッセージ。。。
琴線に触れるというのはこういう事なんでしょうね。
CDで聞くのもいいけれど
文字で読むとまた違った感動があります。


